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日本政策金融公庫「調査月報」No.24(2010年9月号)

日本政策金融公庫「調査月報」No.24(2010年9月号)「女性がいきる小企業」コーナーの中に 出産前~子育ての期間を休まずに仕事を続けられる、「在宅勤務システム」についての記事掲載!

以下より記事の内容をご覧頂けます。

日本政策金融公庫「調査月報」No.24(2010年9月号)表紙

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女性がいきる小企業 子育て中の従業員が自宅で働く

育児休業制度の整備は、出産する女性に継続して働いてもらうための方策として非常に重要である。株式会社アルトスターは、さらに一歩進み、出産前から子育ての期間を休まずに自宅で仕事を続けられる、在宅勤務の仕組みを構築した。従業員だけではなく、社長も率先して自宅で仕事を行い、3人同時出産という事態を乗り切った。

女性の視点を活かしたコンサルティング

株式会社アルトスターは、企業向けにインターネットや携帯用ウェブサイトの制作を行うIT企業である。単に顧客の要望に応じてホームページを作成したり、管理したりするだけではない。ネットの活用を通じた、マーケティングやプランディングに関するコンサルティング業務まで行うことができるのが、同社の強みだ。

スタッフは、経営コンサルタントである石尾雅子社長以下8人。男性のウェブディレクターが2人、女性ウェブデザイナーが3人、ライターが男女1人ずつという構成だ。このメンバーで、約70社の顧客のウェブサイトを管理している。

2000年の創業以来、最も大切にしているのは、消費者としての素人女性の目線だと、石尾社長は語る。商品やサービスを提供する企業は、業種にかかわらず、経営者も担当者も、まだまだ男性が中心のことが多い。販売する対象が女性である場合でもだ。そうした場合、女性の真のニーズに対して勘違いをしているケースが意外に多いのだという。

レストランの開店プロモーションを引き受けたときのことだ。高級感を出すためにおしゃれな内装を施し、女性を意識してトイレにも気を遣ったと男性オーナーは胸を張った。雰囲気を高めるために店内の照明は落としてある。
最初はなかなか良いと思ったのだが、店内を見て回った石尾社長は、トイレに入って、ぞっとした。洗面台の照明も店内と同様に薄暗い。「この明るさでは化粧直しができない。私なら誘われても二度と来ません」。歯に衣着せない社長の意見に、顧客は大いに感謝したそうだ。

石尾社長と女性スタッフ、場合によっては社長の娘さんも含めた女性の視点で、商品やサービス、その提供方法を、とことん検討する。こうしたスタンスが徐々に認められ、同社は少しずつ顧客を増やしていった。

在宅勤務に向けた設備を導入

順調に成長していた同社に、非常事態が発生した。2006年のことだ。数少ないスタッフのうち、中核となっていた岩田さん、杉山さんの女性従業員2人に加え、石尾社長までもが、ほぼ同時期に出産することになったのだ。

幸い、石尾社長の自宅は、会社から歩ける距離にあったため、出産前後の一時期を除けば、通勤にそれほど問題ない。
しかし、あとの2人は大阪市の中心を通り抜け、片道1時間近く地下鉄を乗り継いで会社に通っていた。おなかが大きくなるにつれて、ラッシュアワーに通勤するのが次第に辛くなってくる。だが、2人とも気心の知れた腕利きのスタッフだ。会社の状況を考えれば、一度に休むことはおろか、どちらか片方が抜けても厳しい。何とか出産を挟んで仕事を続けてもらいたいというのが、社長の本音だった。
従業員たちも、出産や育児のために会社には迷惑をかけたくはないと思う一方で、せっかく慣れた仕事を辞めてしまうのはもったいないという気持ちがあった。

そこで、石尾社長が決断したのが、従業員の自宅をサテライトオフィス化して、在宅勤務ができる体制をつくることだった。2人が主に担当していたのは、コンサルティングの企画やウェブサイトの制作だ。会社にいてもコンピューターを使って1人で作業することが多く、条件さえ整えば、どこでも仕事ができる。
そのために同社は、従業員の自宅に、仕事専用のコンピューターと高速のインターネット回線を設置。さらに、安全を考慮し拠点間を専用線のように接続できるVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)という通信方式を採用し、かつデータ暗号化によりセキュリティーを高めたうえで、電子メールに加えてウェブ会議システムというインターネットを通じたテレビ電話も導入した。得意のIT技術を活用し、自宅でも仕事ができる環境を構築したのである。

その結果、岩田さん、杉山さん、石尾社長の3人は、直前まで自宅で仕事をしながら、無事出産を終えた。しかし、在宅勤務のシステムが威力を発揮したのは、むしろ出産後だった。

生まれたばかりの赤ちゃんは、昼夜を問わず数時間おきに授乳しないといけないし、おむつの世話も頻繁に必要だ。フルタイムで働こうとすると、保育所に預けるか家族やベビーシッターに頼まなければならない。会社に連れてくることができたとしても、通勤はとても大変だ。

その点、自宅で働けるのであれば、赤ちゃんが泣けばすぐに世話ができる。
その間は仕事が中断するが、通算すれば1日8時間くらい働くことは、それほど難しくはない。
通勤のための時間もなくなり、会社に通うよりも効率の良い職場ができあがったのだ。

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出社できない弱みを仕組みで克服

在宅勤務を運用するためには、解決しなければならない課題がいくつか想定された。

まず大切なのは、情報セキュリティーの問題である。顧客の大切な情報を社外で扱う以上、安全性の確保は欠かせない。
同社では、前述のとおり、男性スタップが中心となって、作業中のデータを安全にやりとりできるシステムを構築していった。情報管理に関する勉強会も実施したほか、顧客にも安心してもらえるよう、プライパシーマークも取得した。

もう一つ問題となると考えられたのが、仕事の進捗管理である。
労働時間の厳密な管理は難しくなるため、給料などの雇用条件については事前に専門家に相談し、きちんと取り決めを行った。同社のスタッフが行っている仕事はコンビューター上のものが中心であるため、情報を共有しやすい。

ただ、顧客に迷惑をかけないでスムーズに仕事を進めるためには、期日までにきちんと成果物を出すという、働く側の高いモラルも必要だ。
「自律心のある従業員だからこそ、安心して在宅勤務をしてもらうことができた」と、石尾社長は語る。

こうした最初に想定したもののほかにも、在宅勤務を続けるうちに、新たな課題が浮かび上がってきた。

表面上は大きなトラブルもなく仕事が進んでいても、顔を合わさないと、どうしてもコミュニケーションの量が少なくなる。電子メールやテレビ電話では、通常の仕事のやりとりはともかく、職場の雰囲気は伝わらない。
急ぎの仕事が入って会社では皆が慌てているのに、その切迫感が伝わらないこともあった。

日進月歩の最新のIT技術に関する情報を共有するには、面と向かった十分な意思疎通が必要になることもある。顧客とのミーテイングやプレゼンテーションのため、どうしても出社してもらわなければならないときもあった。

さらには、外出する機会が少なくなることで、外の社会と離れてしまうという問題も感じるようになってきた。
どうしても流行に関する情報に乗り遅れることになり、仕事の質にも影響が出てくるのだ。

同社では、こうした課題を少しでも和らげるために、少なくとも1カ月に1回は、新しい技術に関する勉強会や、街のトレンドについての意見交換会を実施した。
昼間に1時間程度と、参加する負担を軽くしながら、直接話をすることで、コミュニケーションのレベルを向上させるとともに、会社としての一体感を維持していったのだ。

また、必要な場合に子どもの世話を気にせずに出社してもらえるよう、ベビーシッターの代金を月に2万円まで補助するという制度もつくった。
さらには、在宅勤務をする従業員が遠慮しなくても済むように、石尾社長自身も、出産後の半年聞は率先して自宅で、仕事を行った。

こうした仕組みづくりの結果、岩田さんは4年間、杉山さんは2年間、主に自宅で仕事をすることができた。杉山さんは夫の転勤のため、職場に復帰後にやむなく退社したものの、岩田さんは、今でも同社の中核メンバーとして働いている。

在宅勤務のための設備は、専用のコンピューターや回線の設置、ソフトウエアの導入や調整などで、1人当たり数百万円の投資が必要となった。
しかし、通勤手当てを支払う必要がなくなったこと、補充要員の採用やトレーニングにも費用がかかることなどを考えれば、むしろコストは抑えられたのではないか と、石尾社長は感じている。何より、それまでのチームを維持できたことが、最大のメリットだった。

ほかの従業員の理解が不可欠

石尾社長は、開業前に会社勤めをしていたころ、子どもの体が弱く、急な休みを取ることが多かった。 残業も断って定時に帰ると、上司や同僚から嫌みをいわれるようになり、結局そこは退職してしまった。

一方、その後パートで働いた別の会社では良い思い出もあった。女性が多く、職場に子どもを連れてきてもかまわないような雰囲気があったからだ。
こうした勤務時代の経験が、男女に関係なく働くことのできる職場をつくろうというポリシーの原点となっている。

創業直後に募集したときに、あえて小さな同社を選んでくれた従業員に対しては、本人や家庭に事情があっても、可能な限り続けて働いてもらいたいという思いがあったし、常々そのように話をしていた。在宅勤務体制の整備は、その約束が、形になったものだったのだ。

石尾社長や岩田さんは、現在でも子どもが小さいため、病気のときなどは急に会社を休まなければならない。ときには、子どもを会社に連れてくることもあるそうだ。
それができる雰囲気が、同社にはある。

「ベビールームの設置、介護休暇制度やフレックスタイムの導入など、やってみたいことはいろいろあります」と、石尾社長は語る。
ただ、その前提となるのは、制度を使わない人に不平等感を抱かせないことだともいう。

融通の利く働き方を一部の従業員に認めていくと、どうしてもほかの人にしわ寄せがいくことは否定できない。同社でも、女性3人が長期間オフィスにいない時期には、主に残った従業員が仕事をカバーしてきた。これも、彼らの十分な理解があってのことだ。
男性ウェブディレクターである澤村さんは、「きちんと役割分担ができているので、オフィスを空けていても、あまり気にならない」という。お互いの仕事の進み具合や、今後の予定などについて、情報を共有する体制が整っているのだ。

女性に限らず、すべての従業員が働きやすい職場をつくりたいと、石尾社長は常に考えてきた。そのことが、よくわかっていることも、ほかの人のフレキシブルな働き方を容認できている一因だろう。「将来、私たち男性が会社に出てこられない事情ができたら、必ず方法を考えてくれると思います」とも、澤村さんは語ってくれた。

在宅勤務という働き方は、IT技術を駆使して設備を導入すればできるものではない。
育児中の従業員に継続して働いてもらうために取り組んだ同社のように、まず、どのような問題を解決するのかという目的を考える必要がある。

そして、全体を運用していくための仕組みづくりと、在宅勤務を行わない同僚の理解、さらには、その根底にある経営者のポリシーが重要であることを、同社のケースから読み取ることができるのではないだろうか。