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創業者さこ(石尾雅子)の波瀾万丈秘話

極貧アナログ・シングルママが「やり手のオンナIT社長」になるまで

36歳でリストラ退職・・・わずかな退職金を片手にパソコンを購入

アルトスター創業者の「さこ」(※1)は、シングルママだった1999年、繊維不況のあおりを受けて勤務先の希望退職に手を挙げる。

36歳の当時、2人の子供はまだ小・中学生で、これからが本格的に学費が必要な時期。

前職・貿易事務員時代日本には「35歳の転職の壁」があるうえ、母子家庭でOLを続けても、大学を卒業させられるかどうか・・・。

「どうせなら、起業デモしてみようか。」
「やっぱり、起業ぐらいシカ、ないだろう。」

という、いわゆる「デモシカ起業」をしたわけだ。

小渕政権のその頃、バブル崩壊不況のまっただ中で、政府が起業を後押ししており、無料の起業塾に通うこともできた。 そこでは、出てくる講師が全員、同じことを言っていた。

「これからの経営者は、インターネットができないとダメだ!」
「え? インターネット? そんなものが起業に必要なん?」

アナログ感覚しかもっていなかったため、慌ててわずかな退職金を握りしめて、日本橋に当時流行りのiMacを買いに走った。1999年の夏だった。 

早速友人・知人に操作を教わるも、パソコンは操作が不慣れなためか、よくフリーズをする。その度に「爆発するかも?」と、本当に走って逃げていたぐらいのパソコン音痴。 誰の目にも「前途は多難」に見えた。

オンラインショップ運営時代起業塾を受けた当初の事業計画は、「イベント企画」に「アフリカ雑貨の卸業」。 それというのも、前年に自主企画した「アフリカの子ども達へのチャリティライブ」が大成功したのが大きな要因。 このライブは、見よう見まねのプレスリリースが成功して、大々的にマスコミに取り上げられたのだった。

とはいえ、起業塾で「これからはインターネット」と言われ、ビジネスモデルを「ネットショップ」に変更する。

約半年の準備期間を経て、2000年1月1日に無事、アフリカングッズのネットショップがオープン。

ところが、というか当然というか、アクセスはまったくなく、売上は3ヶ月以上0だった。幸い、知人からの紹介で陸上自衛隊で隊員向けの英会話講師の職を得たのと、法務翻訳の仕事、そして周囲からの援助があったため、なんとか生活できているような状態だった。

事務所も当初はSOHO。 ようやく賃貸事務所を借りられても、設備にかける資金が無いため、テーブルセットや物品棚などは粗大ゴミ置き場から拾ってくる状態だった。
(これらの備品は、今も大活躍中である)

私生活でも、食事は連日のように「もやし料理」と「納豆」など、1品50円以下のものばかりが並んでいた。その数十円の「もやし」でさえ、「今日、本当に必要な食材か?」考え込んで買う日々。肉や果物を食べられる日は、めったになかった。

そんな状況が一変するのは、先輩ネットショップ経営者のセミナーを受講して、学んだノウハウを即座に事業投入したことと、リクルートやアスキーのビジネス誌に特集掲載してもらうチャンスを得たことだった。

売上ゼロが一転、最高日商12万円にまでなり、今度は「1人では忙しすぎて困る」ほどに。 人を雇用すれば忙しさは解決するが、参入障壁の低さを考えれば、かなり熾烈なビジネスになる。ネットショップの世界は多分、資本力や組織力がものを言う時代に、すぐになるだろう。

そう考えて、新たなビジネスモデルを模索していた時期に、IT起業家仲間と開発したのが「携帯電話でアンケートとクーポンを配信する」『あんくぅ』システムだった。

2000年11月には早くもテストサービスを開始、2001年早々に新聞各社で大きく掲載され、大阪府ITビジネス優秀賞(※2)を受賞。 同年、有限会社あんくぅとして法人化、有名飲食チェーン店と契約するなどし、業績を伸ばす。

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ITベンチャーとして数々の失敗を乗り越えながら

あんくぅ運営時代ITバブル終焉期とはいえ、新たなITベンチャーが次々に株式上場していた時代。
「あんくぅ」システムも注目を浴び、有名実業家からは出資の申し出などを頂いていた。

しかし一方で、あっという間に消えていく会社も数多くあった。 有限会社あんくぅも、創業者の未熟さゆえに伸び悩んでいたため、「まずは身の丈にあった経営を」と、地道に活動することに重点をおいた。

元々「あんくぅ」システムは、 「お金にうるさいケチな消費者として、企業やお店に直接モノ言いできるような仕組み」 として開発したものだったため、システムの営業活動時にも、相手側担当者に「消費者としての意見」を交えながら話をしていた。

意外にそれが好評で、主要取引先業界からの要望もあり、2002年にはセミナー講師やコンサルティングなどを本格的に開始することになった。 特に男性が多いIT業界において、主婦やOLなど、主力消費者の視点で「アナログ感覚」でのアドバイスをするWEBコンサルタントはほとんどいなかったため、次々に紹介案件が入るようになった。

同時に、パソコン用ホームページの仕事も舞い込んできていた。 これは資本力の弱かった当社には、大変重要なことだった。 それというのも、新機種が続々登場する携帯電話向けのシステム開発は、常にバージョンアップが求められるが、コンサルティングやパソコン用ホームページとなると、そこまで熾烈ではない。

競合を考えた上でも、徹底的な女性消費者視点が付加価値となって差別化を図れるうえ、クライアントの業績アップという成果が目に見えて出るため、クライアントだけでなく、その先のエンドユーザーからも感謝された。

「クライアントを輝かせるビジネス」で成功事例を続々輩出

主軸がコンサルティングやホームページ制作になっていくようになったため、2006年に「株式会社アルトスター」と改組し、組織もほぼ、今の体制となった。

この頃には私生活でも再婚をし、高齢出産で三女をもうけるのだが、子育てしながら働くママとしてビジネスを展開する中で、クライアント企業に対して常に気を配ったのは、

■女性消費者としてクライアント企業を客観的に見る
■長所を「他社との差別要因」としてオンリーワンを創りあげる 
■クライアントの良さを際だたせる 
■弱点に対しての改善提案をおこない、強い企業になってもらう
■マスコミに登場させる(クロスメディア戦略を取り入れる) などだった。

その結果、顧問先には業績を伸ばす企業や知名度を急激に上げる企業が続出し、成功事例が呼び水となって、またさらに新規契約がもらえるという、大変ありがたいビジネスができるようになった。

同時に、自社そのものも圧倒的な他社との差別化を図るべく、他社にはない独自路線を強化することに成功。 2011年には、テレビや雑誌などで「やり手女性社長」などと密着特集を組まれるまでになった。(詳しくはマスコミ登場履歴に掲載)

思えば、パソコンもろくに扱えなかった極貧シングルママが、資金も人脈も無い中で、一生懸命頑張ってくれるスタッフとともに、ただひたすら地道に活動してきたからこそ、何とかやってこれたのだ。

結果、いつしか「成功社長」などと呼んでもらえるようになったのは、決して創業者1人の力ではないし、まだまだ本物の成功ではない。 ただ言えるのは、自分の長所と短所を見極めて頑張れば、誰にでも同じようにチャンスはあるだろうし、アルトスターさこの「活躍」を、決して「これだけの話」で終わらせたくない。

さらに永続的に発展し続け、顧問先やその先のエンドユーザーにも喜んでもらえるビジネスを続けるためには、常に勉強を続ける一方で、いつまでも「アナログな消費者視点」を忘れずに、住みよい社会を作る担い手として、日々快進撃を続けていきたいと願う。

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「ダメ人間」だったから、歩めた道

企業戦略プロデューサー さこ(石尾雅子)世の中に、成功経営者は多い。 大半は、元々能力があった者か、人間が優れていた者である。 そんな実業界において、これほど「ダメ人間」の創業者も珍しいのではないか。 

元はといえば典型的なだめんずで、20歳の時に若気の至りで結婚した相手は、ギャンブル好きの借金魔。まともな生活とは無縁な状況に嫌気がさして5年ほどで離婚するも、再婚した相手は、これまた典型的なモラハラDV男。

働くのが嫌いで週の内3日は家にいるような夫を共働きで支えても、「暖かい家庭の夢」は遠のくばかり。やはり5年ほどで離婚する。その後つきあった相手も浮気性の女好きなど、ろくな男はいない。 要するに男性への依存心が強いため、相手の本性を見抜けないのだ。

結局「寄らば大樹の陰」ばかりを追い求めるダメ人間は、起業という荒波に向かうことで、ようやく多くのことに目が覚めたのだった。

だからこそ言える。 今が「ダメ」でも、弱点をカバーしようと改善を続けるなら、スタート時の年齢が遅くても明るい未来はある。 反対に、いくら能力や資力があっても、時代や顧客の要望を見抜けなくなっておごり高ぶってしまえば、いつしか凋落してしまう。

これは人生でもビジネスでも、同じだ。 だからこそ、企業戦略プロデューサーという改善提案のアドバイザーとして、頑張るものを応援したい。

自身も、周囲から応援される存在であり続けたい。

創業後10年以上経つ中、まだ未熟さは抜けないが、市井の生活者視点を抱きつつ、これからも事業活動を通して、社会に恩返しをしていきたい。


※1 「さこ」はビジネスネーム。
創業時、苗字が違っていたうえ、ありふれた氏名だったため、「まずは覚えてもらうことが肝心」とビジネスネームをつけた。今では、本名を知らない人の方が多いぐらいになっている。
なお、ビジネスネームが有名な著名人には蓮舫氏や香山リカ氏などがいる。

※2 日清食品創業者・安藤百福氏の基金による大阪府ステップアップ助成金が副賞

(2011年5月5日・・・敬称略)

 

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